最高裁判所第一小法廷 昭和60年(オ)617号 判決 1990年11月08日
上告人
谷川岳ロープウエー株式会社
右代表者代表取締役
村上誠一郎
上告人
国有林野内谷川岳天神平スキー場管理運営協議会
右代表者会長理事
中島喜代志
右両名訴訟代理人弁護士
内田武
被上告人
佐藤信男
右訴訟代理人弁護士
高橋正則
同
川村延彦
同
福地領
主文
原判決中上告人ら敗訴の部分を破棄する。
被上告人の控訴を棄却する。
第一審判決中上告人ら敗訴の部分を取り消し、被上告人の請求を棄却する。
訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理由
上告代理人内田武の上告理由について
一(一) 原審の確定した事実関係は、次のとおりである。
1 上告人谷川岳ロープウエー株式会社(以下「上告会社」という。)は、索道による旅客運送事業、谷川岳を中心とする奥利根観光開発、登山スキー技術振興に関する事業を目的とする会社であり、昭和三五年三月九日国から群馬県奥利根郡水上町大字網子所在の国設天神平スキー場(以下「本件スキー場」という。)の設置使用の許可を受けてその管理運営をしている者であり、上告人国有林野内谷川岳天神平スキー場管理運営協議会(以下「上告協議会」という。)は、林野庁長官通達(三四林野政第五三一一号)「国有林野内に設置するスキー場の取扱要領」中第五管理運営協議会の項に基づいて設置された権利能力なき社団で、昭和四八年頃本件スキー場の管理運営者である上告会社から委託を受けて、上告会社の被用者としての立場で本件スキー場の現実の管理を行っている者である。
2 南波初太郎(以下「南波」という。)は、上告会社の谷川岳事務所長及び上告協議会の理事として、上告会社の従業員を指導して上告協議会の事務処理に当たらせ、上告協議会のパトロール要員の監督に当たるなど、本件スキー場の管理運営を担当していた者である。
3 被上告人は、大正一二年一月四日生まれで、昭和二七年にスキー指導員の資格を得、東京都スキー連盟理事の経歴を有するベテランスキーヤーである。
4 被上告人は、昭和四九年五月一八日午前一〇時三〇分ころ、本件スキー場において滑降中一審判決添付図面A点付近でクレバスに転落し、顔面及び右胸部打僕症兼挫創、左肋骨骨折その他の傷害を負い(以下「第一事故」という。)、翌五〇年五月一七日午後三時ころ、本件スキー場において滑降中同図面B点付近でクレバスに転落し、左下腿骨骨折の傷害を負った(以下「第二事故」という。)。
5(1) 第一事故の発生した昭和四九年は雪の少ない年であったため、上告協議会では、五月五日ころ本件スキー場を閉鎖し、パトロール業務をやめることとして、同日ころ谷川岳ロープウェーの昇り口である土合駅待合室の掲示板に閉鎖の旨を掲示したほか、同駅の改札員に対しスキーを持った乗客に対しスキー場閉鎖の事実を伝えさせるようにしたが、閉鎖後も観光客の利用のためにリフトを運行しており、これをスキーヤーも利用していた。
(2) 第一事故当日である同月一八日は、快晴、微風、手袋も不要な程の暖かさであり、本件スキー場内の高度の低いところには、芝生も見え、ハイカーも来ている状況であった。
(3) 被上告人は、前記スキー場閉鎖の掲示板に気付かず、駅員から閉鎖の事実を告げられなかったため、スキー場閉鎖の事実を知らないまま、所属するスキークラブの仲間四、五人とともに場内にある四本のリフトのうち最も長い天神峠リフトに乗って上ったが、降り口付近には雪がなく、リフトに近いスキーコースはすべて上告協議会において黄色のテープで閉鎖の表示をしてあったので、尾根道をリフト上昇方向の右手に向かって歩いて行き、前記A点の約二〇メートル上方から下方の閉鎖を表示するテープの張られていないコースを滑降した。
(4) 右コース付近は、上告会社の管理運営区域内であるが、斜度約三〇度の急傾斜地でなだれや雪の空洞を生じやすい地形であり、上告協議会では従来から年間を通じてほとんど滑降を禁止していた場所である。
(5) 右コース上方からは、約二〇メートル下方の大きな岩があってコース幅が狭まっている地点にクレバスがあるのが見えていたが、被上告人を除く四、五人がこれをよけてその横に残された三、四メートル幅の部分を滑り降り、続いて被上告人が滑り降りたところ、クレバスの横で足下の雪が割れて幅約二メートル、長さ約五メートル、深さ約二メートルのクレバスに転落した。
6(1) 第二事故の発生した昭和五〇年には、上告協議会において事故当日である五月一七日にパトロール業務をやめて本件スキー場を閉鎖する予定にしていたので、上告協議会のパトロール要員は、同日午前中に本件スキー場内を点検し、正午から午後一時半ころまで納め会をして業務を終了したものであるが、午前中の点検の際、B点付近にクレバスを発見し、危険を表示するため、その上方の稜線に三本の赤旗を立てた。なお、当時本件スキー場のゲレンデは、ところどころ地面が露出し、滑れる範囲が限定されている状態であった。
(2) 被上告人は、同日所属のスキークラブの仲間五名と本件スキー場に到着し、ハウスで食事をした後、当初風が強くすべてのリフトが停止していたためハウス付近の緩い斜面を滑降していたが、天神峠リフトより低い位置にある高倉山リフトの運転が開始されたのでこれに乗って滑降しているうち、天神峠リフトの運転が開始されたのを見てこれに乗って上り、終点でおりて徒歩で一〇メートルほど登った後、同日午後三時ころ仲間とともに一部泥の出ているB点上方付近でスキーを履き、ほぼ一団となって緩やかな斜面を滑降し、地形が約二五度の急斜面に変わる地点でいったん停止して、前方を確認した。
(3) この地点は、B点にあるクレバスの上方約一〇メートルの位置にあり、午前中にパトロール要員が前記危険表示のための赤旗を立てた地点であるが、当時赤旗は何者かによって取り去られており、右地点からは約一〇メートル下方にあるクレバスは死角に入って見えなかった。
(4) 被上告人は、死角になっている部分を確認しないまま、最初に飛び出して、一回右に回り、次に左に回ったところ、長さ約一〇メートル、広い部分で幅約六〇センチメートル、深さ約1.5メートルの三日月形のクレバスに横から滑り込む形で転落し、底に露出していた岩石に当たって負傷した。
(二) 原審の右事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。
二原審は、右事実関係の下において、本件各事故は、南波の本件スキー場の管理の過失によるものであると判断して、民法四四条、七一五条に基づいて本件各事故による損害の賠償を求める本件請求につき、過失相殺をした上その一部を容認し、一部を棄却した第一審判決に対する被上告人の控訴に基づき、第一審判決を一部変更して認容額を増額し、被上告人のその余の控訴及び請求棄却を求める上告人らの控訴を棄却した。
三しかしながら、本件各事故が南波の本件スキー場の管理の過失によるものであるとした原審の右判断は是認することができない。その理由は次の通りである。
1 第一事故について
(1) 原審の判断は、第一事故は、南波が本件スキー場の閉鎖を十分周知させないままスキーヤーをリフトで運びながら、第一事故現場付近のコースに閉鎖の表示をしなかったという過失によるものである、というのである。
(2) しかしながら、前示の事実関係によれば、第一事故は、積雪が減少したために上告協議会においてスキー場の閉鎖を決定した日から一〇日以上を経た、スキー場の一部に芝生が見え、ハイカーが来ているような暖かい日に、指導員の資格をもつベテランスキーヤーである被上告人が、スキー場の閉鎖を掲示してあるロープウェー待合室の掲示板を見過ごした上、リフトを降りてから第一事故現場付近に至るまでのより安全な地形の場所にあるコースのすべてに閉鎖の表示がされているのを知りながら、上告協議会が年間を通じてほとんど滑降を禁止しているような急傾斜地において、前方にクレバスが見えているにもかかわらずその付近に向かって滑降し、右クレバスに転落したというのであるところ、シーズン末期のスキー場閉鎖の前後においては、積雪量の減少による危険物の露出、気象の変動に伴う刻々の雪質の変化及びこれによる積雪の崩落などが予想され、このような時期にクレバス付近をスキーで滑降すれば積雪が崩落してクレバスに転落する恐れがあることは、クレバス付近にコース閉鎖等の表示がなくても、スキーヤーにおいて当然に予知し得るところであるというべきであるから、第一事故は、スキー場閉鎖の掲示を見過ごした上、前示のような時期、場所において前方にクレバスがあるのが見えているのに、あえてクレバス付近を滑降した被上告人自身の過失に起因して発生したものというべきであって、南波の本件スキー場の管理の過失によるものということはできない。
2 第二事故について
(1) 原審の判断は、上告協議会は、第二事故当日午前中をもってパトロール業務をやめ、スキー場を閉鎖することとしたが、南波は、その事実を周知させないままリフトによりスキーヤーを運びながら、正午以降パトロールをさせなかったために、パトロール要員らが午前中のパトロールの際事故現場のクレバスを発見してその上方に立てた危険を表示する赤旗が何者かに取り去られたのに気付かず、遅滞なくこれを復旧しなかった点において、同人の本件スキー場の管理に過失があったというのである。
(2) しかしながら、前示の事実関係によれば、上告協議会では、第二事故当日をもってスキー場を閉鎖して、パトロール業務をやめることとしたが、南波は、その事実を十分周知させないまま正午以降パトロール業務をさせなかったものの、上告協議会のパトロール要員らは、午前中のパトロールの際第二事故現場のクレバスを発見して、その上方に危険表示のための三本の赤旗を立てたというのであり、他方、被上告人は、当日は風が強く事故現場付近に上るための天神峠リフトを始め、これより低い位置にあるリフトも運転が停止されていたので、仲間とともに本件スキー場に到着して昼食を済ませた後、徒歩で登れる低い斜面で滑降していたところ、初めに天神峠リフトより低い位置にある高倉山リフトが動き始めたので数回これに乗って滑降しているうち、天神峠リフトが動き出したのでこれに乗り、終点で降りて徒歩で一〇メートル程登り、午後三時ころ仲間と一団となって緩やかな斜面を滑降し、地形が二五度位の急傾斜に変わる地点で、上告協議会のパトロール要員らが午前中のパトロールの際第二事故現場のクレバスを発見して危険表示のための三本の赤旗を立てた地点において、いったん停止して前方を確認したが、その時には右赤旗は何者かに取り去られており、約一〇メートル下にある右クレバスは死角に入って見えなかったので、最初に飛び出して、右クレバスに滑り込むような形で転落したというのである。
右事実関係によれば、上告会社は、事故直前まで事故現場付近に上るリフトを停止してスキーヤーを運んでいなかったので、一般のスキーヤーがリフト上方に上ることは困難な状態にあったのであり、このような状態の下において、事故までの数時間のうちにリフト上方に午前中に立てた赤旗が取り去られるようなことは南波にとって予見し難いところであったというべきであるから、同人が正午からリフトの運転を開始した直後の午後三時ころまでの間、第二事故現場付近のパトロールをさせず、取り去られた赤旗を復旧させていなかったとしても、同人の第二事故現場付近の管理に原判示の過失があったということはできないのであり、他方、被上告人は、前記のとおり危険が予知されるシーズン末期に、前年同時期に第一事故を惹起して本件スキー場のこの時期の危険性を熟知しているはずであるにもかかわらず、第二事故現場上方でいったん停止して前方を確認した際、前方が約二五度の急傾斜地で、しかも死角になって安全を確認できない場所があるのに、安全を確認しないままその場所に向かって飛び出したというのであるから、第二事故は、被上告人自身の過失によるものというべきであり、原判示の事実関係の下において、他に南波の本件スキー場の管理に被上告人主張の過失があったということもできない。
四そうすると、本件各事故が南波の本件スキー場の管理の過失によるものであるとして被上告人の請求の一部を認容した原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、この点に関する論旨は理由があり、原判決中上告人ら敗訴の部分は破棄を免れない。
そして、第一審判決中本件請求を棄却した部分は正当であるから、被上告人の控訴は棄却すべきであり、本件請求を認容した部分は失当であるから、第一審判決中上告人ら敗訴部分を取り消し、被上告人の請求を棄却すべきである。
よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官四ツ谷巖 裁判官角田禮次郎 裁判官大内恒夫 裁判官大堀誠一 裁判官橋元四郎平)
上告代理人内田武の上告理由
一 原判決は上告人に対し、本件スキー場内で発生した転倒事故による損害賠償責任を認めた。しかし乍ら、上告人は以下に述べる理由により不服がある。
二 理由不備ないし理由そご。
1 原判決一二頁表六行目から一三頁表一行目にかけて、「第一事故当時である昭和四九年五月一八日は快晴、微風、手袋も不要の程の暖かさで、本件スキー場の高度の低いところには部分的に芝生も見え、ハイカーも来ている状況であった。第一審原告は自己の属するスキークラブの仲間四、五人と天神峠リフトと呼ばれる本件スキー場で一番長いリフト(以下「峠リフト」という。)に乗って上り、リフトを降りた地点には雪がなかったので、リフトの上昇方向に向って右手へ尾根道を暫く歩き、スキーをはいた。なお、そこまで行く途中にあるいくつかのスキーコースはすべて黄色いテープで閉鎖されていた。原告らがスキーをはいた地点から下方へ斜度約三〇度のコースがあったが、右地点から約二〇メートル先の大きな岩があってコース巾が狭まっている地点にクレバスが見えたところ、先ず原告を除く四、五人がクレバスをよけてその横に三ないし四メートル残された部分を滑り降り、続いて原告が滑りクレバスの横を通過しようとしたところ、足許が割れて巾約二メートル、長さ約五メートル、深さ約二メートルのクレバスに転落した。」
と認定しているが、右認定事実のうち、
「なお、そこまで行く途中にあるいくつかのスキーコースはすべて黄色いテープで閉鎖されていた。原告らがスキーをはいた地点から下方へ斜度約三〇度のコースがあった」というが、本件スキー場のうち、右地点がスキーコースであるという証拠は存在しない。又、右地点がどこを指すのかも特定されていない。
続いて「右地点から約二〇メートル先の大きな岩があってコース巾が狭まっている地点にクレバスが見えた」と認定しているが仮りにスキーをはいた地点から約二〇メートル下のクレバスを通ずる地点をスキーコースというのなら、何をもってスキーコースというのか説明がされなければならない。
即ち、右認定地点には、岩と岩の間に残雪が溜った丈の沢地であるから雪が存在しさえすれば滑降コースということになる。そもそもスキーコースとは、一般スキーヤーが滑走しうるように人工によって管理しうる地域をいうのであって、右のような状況はスキーコースとはいわないのである。
2 本件スキー場には、面積八万六、五一五平方メートルの広大な地域である(<証拠>)。高さ二〇メートルを超す木もあれば、沢もあり滝もあり、大岩はいたるところに存在する。
然るに、冬スキー最盛期(三月末まで)は全山雪で覆われるため、大きな木のあるところを除いては、どこを滑走しようと同山これコースといっても、あるいは過言ではないかも知れない。
然るに本件五月中旬の雪の状況は融雪のため、ブッシュや岩、木の露出により、滑走に適する地域はおのずと限定されてくるし、通常だれが見てもスキーヤーならスキーをするであろうと思われる雪の状況が失われれば当然スキーコースとして管理する必要がなくなる。
第一事故地点は偶々、雪が沢地に溜っただけの場所であって上告人らがスキーの滑走コースとして指定したものでも何でもない、一般のスキーヤーなら当然スキーをなし得ない場所である。かえって、峠駅から右地点に通ずるまで黄色いテープをもって進入を禁止しており、それまでに存在したいくつかのコース(何をもってコースというか不明であるが)が閉鎖されていたというのであるから、それより奥の第一事故地点は当然スキーコースでないことは容易に推定できるところである。
このことは原判決一三頁表二行目「右第一事故の生じたAの箇所付近は斜度約三〇度の急傾斜地で雪なだれや雪の空洞を生ずることがあったため、第一審被告協議会は、従来から年間を通じてほとんど同所における滑走を禁止していた」と認定していることからも明白である。
然るに原判決は、第一事故地点がスキーコースであると認定しているが、漠然とスキーコースであるというだけでスキーコースの要件や役割については何らの証拠をもって認定しておらず理由不備の違法がある。
仮に第一事故地点がスキーコースとして上告人らの管理すべき地点とすれば右事実認定は経験則に反し重大な事実誤認であり、右事実誤認が判決に影響を及ぼすこと明白である。
三 法令解釈の誤り
1 第一事故ついて、
(一) 原判決一五頁裏一行目から「スキー場の供用期間(特にその終期)を定めてこれを公示し、一般に周知させるようにし供用期間中は利用者の安全を図るため、気象、積雪の状況、ゲレンデにおける危険物の有無等に注意し、危険物を除去し状況に応じ危険箇所の滑降禁止、スキー場の全面的使用禁止等を行ない、標識、告示板、その他適当な方法により右禁止を利用者に周知させるようにし、供用期間後観光客のためリフトを運行する場合には、見やすい場所にスキー禁止の標識をするとともに、スキー客はこれに乗せないようにする義務がある」とし、続いて右義務は第一審被告協議会にもあると認定している。
然し乍ら、右の義務のうち、「供用期間後観光客のためリフトを運行する場合には、見やすい場所にスキー禁止の標識をする」義務が存在するか疑問である。
即ち、本件スキー場の峠リフトからさらに谷川岳に至る間には、肩の小屋(広場)という平地があって、ここでスキーをする者がおるのでスキーヤーの乗車を拒否できない。(右の場所はスキー場許可地には入っていないが(<証拠>))。右場所に行ってスキーをする者にスキー禁止をいっても無意味であり、又、供用期間後にスキーをする者は、一般のスキーヤー即ち、低地のいわゆるゲレンデ内におけるスキーをする者に対してはともかく、これと異なり本件のように、残雪の沢を目指して滑降する者に対し、スキー禁止の標識をしても全く効果はない。
これらの者は管理されたコースを滑降するつもりはなく、自己の技術に対する自信と技術の向上を求めて敢えて自然の雪溜りを求めて滑降する者であるからである。
従って又、「スキー客はこれ(リフト)に乗せないようにする義務がある」との解釈は右の状況を無視した暴論と言うべきであり、ひっきょう右の点につき法令解釈の誤りがある。
従って又、上告人らに右義務に違背して「スキーヤーを観光客と区別せず漫然とリフトで運んだ過失がある」(同第一六頁表七行目以下裏四行目まで)との認定は法令適用の誤りであり右法令解釈適用の誤りであり右法令解釈適用の誤りは判決に影響を及ぼすことも明白である。
(二) 仮に百歩譲って、供用期間後も見やすい場所にスキー禁止の標識をする義務があるとしても、上告人らは、第一事故地点に至る進入場所に至るまで黄色いテープを張って、閉鎖の表示はしていたもの(原判決一六頁一〇行目から)であるから右注意義務は尽されたというべきである。
即ち、右黄色いテープは、峠駅から右へ、谷川岳登山道に沿って張ったもので、この程度張ってあれば右地点からさらに谷川岳登山道を尾根伝いに進んで雪のない雑木林をくぐり抜けて第一事故地点まで来てスキーをはいて滑降する者などまったく予想できない。右地点は、原判決一三頁で認定しているように年間を通じて滑走禁止箇所となっていたもので、五月の夏スキーシーズンにおいてスキーヤーが進入する等、自殺行為であって通常考えられない場所である。
従って、通常のスキーヤーは、右黄色いテープがスキー禁止を意味するものであることを認識し、かつ、それより奥の第一事故地点は当然危険でもあり、雪もないのであるからこれが禁止区域であることを当然認識しえた筈である。それを被上告人は敢えて禁止区域でない、と誤解したにすぎない。
原判決は、右黄色いテープによって第一事故に至る進入尾根地点までテープがなかったから閉鎖の方法が不十分であったと認定しているが、右は閉鎖の周知義務について、法令の解釈を誤ったものというべきで、右違背は判決に影響を及ぼすこと明白である。
2 第二事故について、
原判決一五頁裏二行目から上告人らに対し、「本件スキー場の供用期間中は利用者の安全を図るため、気象、積雪の状況、ゲレンデにおける危険物の有無等に注意し、危険物を除去し、状況に応じ危険箇所の滑降禁止、スキー場の全面的使用禁止等を行い、標識、告示板、その他適当な方法により右禁止を利用者に周知させるようにし、」なければならない注意義務がある旨認定する。そして、同一六頁裏九行目から「パトロール隊は同日午前中のパトロールにより第二事故の生じたクレバスを発見し、コースの出発点に赤旗三本を立てて危険の標識をし、その後何者かによって右赤旗が抜き去られたのに、同日正午以降パトロールを全然しなかったため遅滞なくこれを復旧することができず、一方同日正午以降も高倉山リフト及び峠リフトを動かしてスキー客を山頂に運んでいた過失がある」としている。
然し乍ら、危険箇所の周知義務は、本件クレバスの発生についてはないものといわなければならない。
そもそも夏スキーにおけるゲレンデの状況は、刻々と変化するものにして、至るところで融雪によりブッシュや岩石、土の露出が発生し、当然本件の斜度二〇度以上の場所では、地形は凸凹があって平坦ではなく絶えずクレバスや雪ズレが発生するうえ、スキーによるターンにより雪コブが発生し、このような状況下で雪表面はかなり大きな凸凹ができ、一メートル二メートルの段差はどこにもあるものである。又、上級スキーヤーは右のゲレンデ状況を好んで選び滑走するものであって、これらを平坦化しては、折角のスキーの醍醐味がなくなってしまう。夏スキーとしてはむしろ右が要請されるといっても過言ではない。
又、本件スキー場は、<証拠>で明らかなように上告人谷川岳ロープウェイの使用面積は八三、三八三平方メートル、訴外前橋林友観光開発株式会社三、一三二平方メートル、合計八六、五一五平方メートルの広大な地域である。かかる広大な地域における本件のような雪穴(スキーヤーの転倒によって、本件程度の穴は無数にできる)を耐えず標識を立てるか埋めるかをするとなれば上告人らに対し、事実上不可能を強いるものであって、これがなしうるものではない(これが低地における一般スキーヤー用のゲレンデなら範囲も限定されうるが)。
スキーにはもともと危険を内在するものであって、この危険を技術の向上により徐々に克服していくべきものであって、本件夏スキーをする者は当然雪コブや段差、本件程度のクレバス等が自己の前面に待ちかまえている事を予測したうえで滑降するのであって、右技術に至らずにかかるコースに挑戦してはならないのである。
従って、原判決は、上告人らの本件スキー場の管理義務および事故との因果関係について法令の解釈適用を誤っているというべく、右法令違背は、判決に影響を及ぼすこと明白というべきである。
四 審理不尽の違法
本件事故発生現場は、いずれも斜度二〇度から三〇度(多いところは四〇度もある)の急斜面である。かかる急斜面における危険物除去、危険箇所の標識設置義務と、スキーヤーの技術、若しくは技術認識(自己が技術をもってして危険箇所発見能力とこれの回避能力の程度と危険に挑戦しようとする選択意思)について何ら配慮することなく、単にスキー場の供用期間内に危険箇所への進入禁止措置、若しくは危険標識を立てなかったとして上告人らの過失を認めたのは、理由不備の違法がある。即ち、初心者が第一、第二の事故地点にスキーで至ればクレバスに落下することは明白であり、かかる場合にも上告人らの責任は免れないものであろうか。